on_gaku

マイルス・デイヴィス – オレは天才ではないが、とか宣う人

マイルス・デイヴィス自叙伝

多分10年ぶりくらいに読み返しました。当時はちょうどジャズを聞き始めたころで、知らない人名、知らない単語に戸惑いましたが、今回は知識が追いつかないということはなく、しっかりと読み込めた印象があります。

クラシックの「帝王」カラヤン(1908-1989)は、かなりネガティブな意味合いを込めてそう呼ばれます。一方ジャズの「帝王」マイルス・デイヴィス(1926-1991)の場合も、否定的な要素はゼロではないでしょうが、おそらくアンチの方々も多くは、「そうは言っても、帝王の名にふさわしいのはマイルスしかおるまい」と納得されることとおもいます。

本書は死の2年前に書かれた唯一の自叙伝として、マイルス・デイヴィスという人物以上に、「ジャズの歴史」が、その中心を歩き続けた人物の目線から描かれているという意味で、ものすごく興味深い本です。

たとえば、ニューヨーク52番街がかつてジャズの中心地であったという説明に対しても、

「あくまでもそれは、白人がそこでジャズを見つけただけ」

「本当のジャズの中心地はミントンズだった」

というような、歴史学の文献至上主義の欠点を鋭く付くような指摘が、さらっと出てきます。

 

また、出てくる人名が次から次へと、「ジャズ・ジャイアンツ」ばかりなのですが、チャーリー・パーカーを「子分」的立場から愛情を込めて分析し、一方で「弟分」ジョン・コルトレーンをこれまた、愛情たっぷりに評論します。

感性の天賦を天才と認め、「オレは天才ではないが。。」などと断った上で、ものすごく理知的にそういった才能を俯瞰しています。

「シーツ・オブ・サウンド」と呼ばれる、コルトレーンがサックスで同時に「2音」鳴らせた理由が欠けた歯にあると信じ込み、歯医者に行くのを懸命に阻止するも失敗に終わり、治療の終わったコルトレーンのサックスソロを泣きそうになりながら聴いて、音が変わらなかったことに安堵するなど、お茶目な一面も覗けます。

歴史上の人物として

残念ながら私は、マイルス・デイヴィスが亡くなる前は、彼がどんな人物か、興味を持つことはありませんでした。…多分名前の語感的に、カール・ルイスと区別がついていなかったのでは?というかんじです。

ただ、ジャズのいちリスナーとして今思うのは、

「マイルス・デイヴィスの音楽は、こちらが本当に元気があるときでないと聴けない」

ということです。

音楽の中でも、とりわけ感性に重きを置く「ジャズ」というジャンルの中で、「楽理」に留まらずひたすら理知的に、感性が捉えられないものであることを理解しつつもそれを「利用」することのできたほとんど唯一のジャズ・マンだったのかな?と。

なので、「いい加減さ」が他のミュージシャンに比べて極めて少なく(でもコルトレーンほど「ガチガチ」ではなく)、マイルスの音楽以上に疲れる音楽は、私のライブラリには存在しません。。

 

ものすごく人間味溢れる語り口の本なので、

「過去を振り返らない男」

「決して後悔しない男」

と、平素超人のように言われることも多いご本人が、

「たまには後悔もするが」

などとこぼしてしまうところもお茶目です♪

そして、たくさんの自分のアルバムについて触れていますが、その中でもとりわけ詳しく触れられていると感じたものを、並べてみたいと思います。

「クールの誕生」は、私は未だ愛聴するに至らず、持ってはいるはずですがiTunesには取り込んでいません。

「アドリブ一発!」のヤクザな兄貴分チャーリー・パーカー、そして同じ楽器の先輩ディジー・ガレスピーが築き上げた「ビ・バップ」のフォローではない、自分自身が編み出したスタイルとして、ものすごく愛着を持っている語り口でした。

…確か10年前も、この「語り口」に乗せられて購入したような…、と記憶が蘇ってきました。

「カインド・オブ・ブルー」は押しも押されぬ名盤です。…以外と本書の本人の発言を剽窃して、「…カインド・オブ・ブルーは失敗だった」という解釈をする評論家が多いように感じますが、いえいえ、御本人の愛が伝わってきます。

「小さい頃の記憶。教会からの帰り道」

という、誰もが原風景として想起できそうなイメージを再現しようとしたとのことですが、十分以上に成功しているのではないでしょうか?

「スケッチ・オブ・スペイン」こちらは、オーケストラをバックに「ソロイスト」マイルス・デイヴィスがトランペットを吹くアルバムです。

…私はこちらも、あんまり愛聴するには至っておりません。ガーシュイン的な古臭さは特徴かと思われます。

記述量は多いのですが、愛情というよりは、これを聴いて年老いた闘牛士が飼い牛と闘ったらしい、など人づての逸話が多く語られていました。

「イン・ア・サイレント・ウェイ」私の印象でしかありませんが、御本人の愛着を一番感じたのはこちらの作品でした。電子楽器との出会いについて多くが語られ、それが最初に結実したアルバムだからかもしれません。

音楽とタイトルの「センス」が、こちらとカインド・オブ・ブルーはとても似ているように思います。聞き手の勝手な好みで言いますと、あと10分、演奏時間が長かったらもっと好きだった1枚です(39分)。

 

これ以降のアルバムについては、「思い出」というよりは生々しい記憶として残っているのか、情報の正確さが増し、その分懐かしむような語り口は減ったように感じます。

…なにしろこの本は、マイルス・デイヴィスが死を迎える前に、本人へのインタビューを元に書き起こされたものです。1989年当時の空気を感じられる一方、起承転結という意味では「結」を欠いた物語です。

最初に読んだときのおぼろげな感想として、

「どうしてこの人は、こんなに体がボロボロなのだろう?」

という謎があったのですが、今回読み返してその理由の多くが、若い頃に嗜んだ麻薬や覚醒剤にあることを理解しました。…2018年12月現在、ソニー・ロリンズを唯一の例外として、その他本書の中に登場する「ジャンキー」の皆様方は、全員鬼籍に入られています。

「麻薬中毒から立ち直った!」

ことを偉業として語られる機会も多いマイルスですが、

「きっぱりとやめた。今はたまにしかヤっていない」

と、やはり人間味溢れます。

 

「人間マイルス・デイヴィス」から、ジャズに触れるきっかけとしても、最良の一冊だとおもいます。

…ウィントン・ケリーなど、どんなに人物像を追いたくても、情報がありませんから。。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です