京浜工業地帯でお茶を
お店の前を走る産業道路を渡ると、ほとんど民家はなくなります。そこはコンクリートの上に工場と公園が築かれ、運河で区切られた寂しい土地です。
…そこで働く方たち向けなのでしょう。道沿いには工場に混じって、今どき珍しい雑貨屋さんや、30年前から外観が変わっていなさそうな定食屋さんなどが、いくつか点在しています。
お客さんがこなさそうな日、早めにお店を閉めて何度かママとその界隈を歩いたことがあります。
産業道路のとある脇道に入ると、急にクルマの騒音が聞こえなくなり、誰もいないアスファルトの道がどこまでも続いて遙か先には、工場に挟まれたとても小さな地平線さえ見えます。海まで続いて、そこで終える道。
10分ほど歩き、とある雑居ビルの前で立ち止まりました。一階のお弁当屋さんとスナックは土日は閉まっていて、言われなければ廃墟としか思えない外観です。
古いけれども頑丈に見えるコンクリートの階段を二階まで上ると、これまた雰囲気のある喫茶店が看板を出しています。ママに続いて入ると、新聞を広げていたマスターが、「よう」と鷹揚にママに呼びかけます。
喫茶店ドルフィン
見るからに昔ながらの喫茶店です。ママの特等席らしい窓際に座ると、地上からは窺えなかった、工場の塀の向こう側に運河が望め、遠く対岸の煙突が煙を吐いています。
タングステン・ライトの熱がうつったのか、なんだか後頭部のあたりが火照り、でも不快な感じではなくて、退廃的としか言いようのない気分になります。
どこか現実離れした時間と空間。ママがマスターに憎まれ口をきいたり、私にどこのスーパーが安いとか話しかけたり、それらを遠鳴りのようにうわの空で聞きながら、運河の水面が鉛色にきらきらと輝くのに目が釘付けになって、映画ベニスに死すの美少年が脳裏に浮かんで本当に泣きそうになります。。
マーラー交響曲第5番第4楽章(アダージェット)
この映画のことを私に教えてくれたのはマスターでした。「若い頃、世界中を旅していたんだけど、あるとき立ち寄ったベニスの雰囲気が忘れられなくってね。日本に帰ってきてここに偶然立ち寄ったときに、ここだ!って思い立って、勢いでお店を構えたんだよ」と。
そしてLPレコードで聴かせてくれたアダージェット。(映像は、劇中でタージオを演じるビョルン・アンドレセンです)
だから、ベニスという場所は私の中で、京浜工業地帯の喫茶店から見下ろした運河とイメージがぴったり重なってしまっていて。。
…なにを期待しているのだろう?
今はもうママもマスターもいないこの雑居ビルを、私は2度ばかりひとりで訪れました。どちらも寒い季節に。
建物はそのまま残っているけれども、タングステン・ライトの熱なしには、それ以上我侭な空想に耽る力もなく。
物陰から、タージオが不意に現れることなんて、ないんです。。
レナード・バーンスタイン&ウィーン・フィル
マーラー交響曲第5番は、耽美なアダージェット(第4楽章)を擁しつつ、正反対に勇ましい第1楽章から始まります。第5楽章は舞踏曲ですし。もう、カオスです。バーンスタインの演奏は、そんな複雑怪奇な曲を、噛み砕くように、ある意味しつこすぎる味付けで説明してくれます。
ですので、ものすごく分かりやすいです。…もちろん、私が何かを理解できたわけではないのですが、分かった気にはなれます!
最初の1枚として、オススメいたします♪
サイモン・ラトル&ベルリン・フィル
ジャケットがかっこいい(…と私は思います)!マニアの方の評判はあまりよくない演奏(と録音?)のようですが、私のお気に入りの理由は、アダージェットが耽美というよりも狂おしく聞こえるところです。
ラトルという人の演奏スタイルを、メカニカルと表現した常連さんがいらっしゃいました。その方のおっしゃるところを理解できているわけではありませんが、安心できないというか、このブログ的に言うと眠くならない系クラシックとも言えるのかな?と思っています。
エリアフ・インバル&フランクフルト放送交響楽団
昨今のクラシック界では、世間一般のイメージ以上にベートーヴェン⇒マーラーという移行の流れが強いみたいです。このマーラーブームの立役者とされるのが、上記バーンスタインなのですが、すごくコテコテで、その反動としてあっさり系マーラーを標榜する指揮者が一定数いるそうです。
インバルのマーラーもあっさり系です。ともすると退屈、眠くなりそうな演奏も中にはあって、傾向としては私は苦手なのですが、この演奏は好きです♪
「お、分かっているね!」とか言ってくださるお客さんはいませんでしたが、詳しい方によると、ワンポイントマイクという特殊な録音技術を使っているそうで、そう言われれば確かに、演奏はあっさり系なのだけれども、聞こえてくる音にかたまり感があるので、もの足りなく感じないのかな?と。
この楽章(アダージェット)を気に入っていただけたなら、ここだけを切り出して聴いても十分素敵です。…それでも、何十回と繰り返せばやっぱり飽きます。。
それからで構いませんので、ぜひ何度か、通して聴いてみてください。
生前は指揮者として大成し、作曲ではあくまでもアマチュアという評価しか得られなかったマーラー。「いずれ私の時代が来る」そう言い残したそうです。
楽聖ベートーヴェンを時代遅れにしたその作風に、いちど接していただけたら幸いです。
ここで、ベニスに死すのタジオに会えるとは思いませんでした。先月もNHK で放送していて、dvdに録画しました。
マーラーの5番バーンスタインのが一番良いです。好みの問題ですが、クラウディオ、アバドも振っていますが、なんか気の抜けたようなところがあって、たいくつです。
好みの問題ですが、
運河の望める喫茶店もうないのですね。あの美少年がひょっこり現れるような錯覚をおこさせる。
ベニスに死すはもう、退廃的で恐ろしくもある映画です。世にも美しいビヨルン、アンドレセン。彼をストーカーチックにつけまわす、作曲家。監督はあのヴィスコンティ。ヴィスコンティは、美少年というか美青年好きですね。
歳がわかってしまいますが、私はベニスに死すを、日本初公開の時劇場で見ています。でも当時20だったので、少年を付け回す作曲家の心理がよくわかりませんでした。
要は美に取り憑かれた男のはなしです。
美は作り出すものではなく、偶然にそこに存在するものだと、美少年を見て彼は言いますそこにかぶさる、マーラー5番のアダージエット。もうすごい映画ですね。
ヴィスコンティらしく、撮影に使われた小道具や衣裳も凝った美しいものでした。
後日譚ですが、当然ながらビヨルン、アンドレセンに、日本の女性は夢中になりました。
彼は日本に3度ほど来て、驚くことにレコーディングまでしています。日本語で歌を歌っています。間が抜けたようなおかしなうたです。youtubeで、ビヨルン、アンドレセン歌と検索するとあります。でも懐かしく何度も聞いてしまいました。
片岡さん。
ビョルン・アンドレセンは、もう、ため息しかでませんね!
日本語の歌は初耳です!!聞いてみます!
…畳の家で、日本人の少年と映っている写真はどこかで見て、すごいもんやりしたことは覚えています。。
ハリウッド映画全盛の現代ですと、ヴィスコンティのような映像作家の作品が、普通の映画館で全国上映される機会には恵まれないかとも思うのですが、わたしは「ベニスに死す」も「ルードヴィッヒ」も、ソフトを買って自室で鑑賞しております。。
わたしにとっても、退廃的な横浜の風景というのは、そこに強烈な郷愁が宿ってしまっていて、そういえばここ数年訪れておりません。。
心の洗濯になるような、ただただ狂おしく昔を懐かしむだけのような。。…心に余裕がなくなっているのだと思います。
ほんとうにマーラーは不思議です。
ただの「優れた音楽」ではなくって、ブルックナーなどの方がオリジナリティは感じるのですが、マーラーは人生そのものが耽美的に映ります。
また、返信が遅くなってしまいがちで、申し訳ありません。
カラヤンさんのブラ1を、ボックス・セットの中から探し出してみます。
エッシェンバッハさんも、Youtubeで探して演奏に触れてみます。
まずは今夜、バーンスタインの「5番」を、久しぶりにゆっくりと、お気に入りのジンジャーピーチセイロンをいただきながら、聴いてリラックスしたいとおもいます♪
※ジンジャーピーチセイロンティーは、那須の「チーズガーデン」というチーズケーキ屋さんにあるお茶なのですが、有名なチーズケーキ同様、とってもおすすめです♪
これからも、どうぞご教示くださいますよう。お願いいたします。
よるそら。