レンブラント課長の思い出
…とある会社の、課長さんのお話です。時期的には由紀レコオドが閉店して半年は経ち、「ママはいまどうしているのだろう?」と考えてしまう癖がようやく落ち着いたころ。
わたしは仕事が変わって、そこには年度区切りのひと月前から、翌年の年度末までの13ヶ月間、お世話になりました。
陰口になっていない陰口
その課長さんにまつわるお話を、初めて耳にしたのは、こんな会話でした。
「あの課長、みんなにレンブラントって呼ばれているのよ」
「なんでか知ってる?課のみんなで、粗大ごみを出しに外に出たとき、レンブラントが空を見て、『なんて美しいレンブラント光線だ。。』って恍惚として言ったのよ!みんな『は??』ってなっちゃって、それからレンブラントになったの〜。レンブラントってなによ、ねぇ?モンブランならわかるけど〜。」
…レンブラント(1606-1669)はオランダの著名な画家で、レンブラント光線のご説明をここに記すつもりはありませんが、ウィキペディアの記述に拠りますと、オランダ国内では絵画のレンブラントと、音楽のメンゲルベルクが、二大芸術家として並び称されているそうです。
レンブラントの方が、ずっと有名かとおもっておりました。。
そんなこともあり、「レンブラント課長って、どんな人なんだろう?」という興味は早々に湧きましたが、お仕事上の接点はなく、ただ、フロアの課長席の方をふと見るといつも、よい意味で遊びを知らない感じの、生真面目なオーラを纏っています。
無伴奏バイオリンソナタ!
…どこから漏れたのか。。たぶん、お昼休みにでも口を滑らせたのでしょう。わたしがクラシックが好き、という情報がレンブラント課長の耳に入ったようです。給湯所で会釈したとき、他愛もない話になって、その中で課長が、
「僕は趣味でバイオリンを弾くんだ。下手だけれどもね」
と、話を振ってきました。
「すごいですね!」
素直にそう思ったし、そう言葉にもしました。わたしはクラシックを聴くようにはなったけれども、楽器や歌のたぐいには、まったく才能がありませんから。。
そしてレンブラント課長は、
「バッハのシャコンヌなんだけど、あの曲は一挺のバイオリンで2つの音を出しているわけなんだが、一箇所だけどうしても、バイオリンの構造上、同時には出せない音があるんだ。…プロはそれぞれのテクニックで、それを誤魔化しているのだが、僕には誰の演奏を何度聴いても、それをどうやって弾いているのかが分からないのだ。。」
と言って、そのままその謎に捉えられてしまったように、難しい顔で自席へと戻って行ったのです。
【J.S. バッハ:無伴奏ソナタ&パルティータ集】
※このジャケットで、2,000円以下で、かつ「全集」(BWV1001-1006)というものを見かけたら、即買いする価値があるとおもいます。わたしはレーベルの広告付きで1,300円で購入しましたが、最近は最低でも1万円、しかも多くがSACDという、「大出世」をした演奏です。
マタイ受難曲!
もうひとつ、レンブラント課長と会話をした思い出があります。ちょっと規模の大きな懇親会があって、わたしはお酒はダメなのですが、タイミング的にそのときは一次会だけは参加した方がよいとおもって、…結局その職場では、それが最初で最後の懇親会参加になりましたが、そのときのことです。
その会社さんの文化なのか、課長さんがビール瓶を片手に、目下のメンバーに注ぎに回っていました。
わたしはビールどころか、烏龍茶の入ったグラスも口をつけただけで、ほとんど水分を摂らずにいました。そんなわたしの前にレンブラント課長がやってきて、
「あなたは無人島に1枚だけCDを持っていけるとしたら、何を選ぶかな?」
と、唐突に尋ねるのです!
「は?」と、思わず声に出してしまい、それを取り繕うようにぐるぐるといろいろ考えているうちに、何をどう答えたのか、分からなくなってしまいました。
「いや。唐突に済まない。この前シャコンヌの話を興味深そうに聞いてくれたから、思わず訊いてみたくなったんだ。別にクラシックでなくてもいいよ。…そうだな。自分の1枚を先に言おう。…え〜と。。マタイ受難曲なんだが、あの指揮者は、なんと言ったか。。」
「…カール・リヒターでしょうか?」
「ああ!それだ!」
【J.S.バッハ:マタイ受難曲:カール・リヒター】
レンブラント課長と交わした二度の会話は、どちらもとても楽しかったですけれど、残念なことに、それに続きがあるわけではありません。。…ただ、課長と社員さんとの雑談に耳をそばだてていたとき、ふと聞こえてきた言葉が忘れられません。
「僕の家系は、結婚しちゃ駄目なんだ。。」
深い謎というか、より深かったはずの由紀ママとの繋がりは、由紀ママの過去も現在もある程度理解して、「あの人ならば、きっと大丈夫!」と確信した上で、永遠の別れに至ったのですけれども、レンブラント課長は、生真面目さが頼りなく思えるタイプの男性で、しかもその趣味、人柄には、わたし興味津々でしたから、来月から課長とはもう会えないと分かったときは、大泣きしました。
…わたしだけかも知れませんが、そのときどきの「こころのつよさ」に応じて、聴ける音楽が変化します。
心も体も調子のよいときには、ジャズ。それも、うるさい系。「超一流」と呼ばれる、マイルス・デイヴィスや、ジョン・コルトレーン、ウェザー・リポートなどがいいです!
そこからすこし下り坂になると、静かめのジャズ。ビル・エヴァンスや、ハンク・モブレーたちに癒やされます。ジャズの下限は、モダン・ジャズ・カルテットあるいは、クルセイダーズ、ナベサダさんなどのフュージョン系です。
クラシックの、交響曲が一番心に染み入る時期が、わたしの場合一番長いというか、「普通」の体調、普通のこころのありようとなります。その中でも、マーラーやブルックナーが聴けるのは、普通の中でもよいコンディションのときです。これがベートーヴェンやモーツァルトになると、兆候としてはあまりよくない、ということになります。。
…器楽曲や、グレゴリオ聖歌を根暗に聴き続けるじぶんが、一番どん底かも。。とおもうのですが、それはそれで、決して悪いことではありません。
それでも、レンブラント課長のことがどうしても頭から離れなかった一時期、わたしが延々とひとつのアルバムを聴いていたころは、「ちょっと、危なかったかな?」と、思わないでもありません。
以下にご紹介するのは、みなさんにオススメできる作品ですが、わたしにとっては、へんな色がついてしまったというか。。それでも聴ける、すばらしく波長の低い音楽と呼ぶべきか。。
【グレゴリオ聖歌集の中で、わたしがもっともお気に入りなもの。CD4枚です】
※癒やされればよいので、グレゴリアン・チャントはわたしは今はこれしか聴きません。日本のアマゾンで普通に買えますが、検索で見つけるのは、結構たいへんでした。埋もれた名品です♪
「あなたは無人島に1枚だけCDを持っていけるとしたら、何を選ぶかな?」
…もしも今、あなたにそう訊かれたならば、わたしはこれを挙げますよ。レンブラント課長。。