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熱心に宗教を信仰されている方に信教の自由を尊重していただければ世の中少しハッピー♪

宗教に心の安らぎを得る権利は誰にでもあります

そして、信心深い人を尊重する、自分自身は宗教に関心の薄い人たちも日本にはたくさんおります。

ときにマスコミが、誰かの「信教の自由」に土足で踏み入るような真似をすることは、あるでしょう。でもこの権利が脅かされる大半は、異なる信仰を持つ人同士のいがみ合いとしか、わたしには思えないのです。。

政教分離は最重要事項ではない

はい。そのお考えは尊重しているつもりです。以下のような苦悩を吐露される方ともお会いしたことがあります。曰く、

「信仰の大切さを説こうとすると、友だちに嫌がられる。でも、そこで諦めてしまうことが一番その人のためにならないから、嫌がられるのは苦しいけれども、やはり信仰の大切さを説かねばならない。本当に辛い」

と。。

このような苦悩を背負っておられる方にとって、政教分離という問題は、「いや!もっと大切なことが、この世にはあるのだ!」というのが本音なのでしょう。

だからこそ、「信教の自由」を尊重していただきたいのです

信仰とは、自ら客観性を見失う行為にほかなりません。「それでも救われたい!」という覚悟とともに。

ですので、あらゆる部外者からの言葉が、心に届かないのも仕方のないことです。

ただ、「あなたがその信仰を得られた背景には、やはり信教の自由があったのだ」ということを、時折思い出していただきたいのです。

信仰によって得られた、今の満ち足りた心が、もし「信教の自由」が保証されない世の中だったならば、そうはならなかったことに、思いを巡らせて、いただきたいのです。

 

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